いざ遺言を書くとなると、どう書けばいいのか、困ってしまうことがあります。
こういう場合、法律の専門家である「公証人」を活用できます。
公証人に書いてもらう遺言を「公正証書遺言」といいます。
公正証書遺言には、自分で遺言を書く場合の欠点を補う特徴があります。
この記事では、そうした公正証書遺言の特徴を説明します。
なぜ公正証書で遺言をつくるのか?
「公正証書遺言」は、公正証書によって作成されます。
そもそも公正証書とは? という方は、以下のメモを参考にしてください。
メモ:公正証書とは?
公正証書とは、公証役場の公証人が、その権限で作成する公文書のことです。
公証人は、公務員ではありませんが、公証人制度によって法務大臣に任免された法律実務家であり、国の公務である公証事務を担っていることから、実質的には公務員といえます。裁判官や検察官のOBなどが務めており、法律の専門家です。
公正証書の作成にあたって、公証人は、依頼人の話をよく聞いた上で、客観的な第三者としての立場から、中立公正な視点で、かつ、法律の専門家として、法律的な論点も踏まえて、公正証書を作成します。
こうして公証人が作成した公正証書は、中立公正かつ専門的なものであるといえます。書かれていることが、形式的にも法律的にも、有効であるという強い推定が働きます。
公正証書の有効性を争う場合、その有効性を否定する側が、しっかりとした証拠を出して反論しないと、有効性を否定できません。
よって、公正証書で文書を作成することは、後日の法律紛争を未然に防ぎ、法律関係を安定させる効果があります。
こうした公正証書の特徴をふまえて、公正証書遺言には、以下のような特徴があります。
後日の紛争を防止する効果がある
上記のメモにあるとおり、公正証書には紛争を予防する効果があります。
よって、遺言書のように、相続争いなどがありがちで、紛争を予防することが極めて重要な文書は、公正証書によって作成されることがあります。
他方、自筆証書遺言の場合、その記載事項が、遺言者本人によって書かれるものであるため、主観的で公平性を欠く遺言となってしまって、紛争の原因となることがあります。
また、専門性を欠くので、方式不備などの問題があることもあります。
そのため、自筆証書遺言は、公正証書遺言に比べて問題化する危険が多いといえます。
遺言書の紛失を防止できる
公正証書遺言は、原本を公証役場で保管します。
自筆証書遺言の場合、遺言者の自己責任での保管となるため、遺言書が紛失したり、誰かによって破棄・変造されるおそれがあります。
公正証書遺言の作成について
以上のような特徴のある公正証書遺言について、民法では、作成のためのルールを定めています。
公正証書遺言の方式
公正証書遺言の方式について、民法では次のとおり定めています。
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
出典:民法 第969条
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
この民法第969条にあるとおり、公正証書遺言の作成手続きでは、証人2人の立ち合いのもと、遺言者が口述したことを、公証人が遺言書にします。
公正証書遺言は、遺言者が自分一人で遺言書を作成するのではなく、公証人や証人との関わりがあるところも特徴的といえます。
以下、公証人や証人との関わりについて説明します。
公正証書遺言は公証人が作ってくれる
公正証書遺言の作成にあたり、遺言者は、公証人の前で、遺言の内容や、遺産の全容などを、話すことになります。これらは、秘密にしたいことばかりです。
公証人に、そうしたことを話しても大丈夫なのでしょうか?
上記のメモにあるとおり、公証人には守秘義務があります。
とは言うものの、他人の前で、遺言の内容を話すことは、気が進まないのが当然と思われます。
しかしながら、いざ遺言を作成するにあたっては、わからないことが、どんどん出てくるのが一般的です。
自分一人で遺言を作成する場合、わからないことを一人で抱え込んでしまって、遺言作成が先に進まないことがありえます。
また、手前勝手な理解で、わかったつもりになってしまって、間違った遺言書を作成していることに気づかないこともありえます。
以上を踏まえると、やはり公証人に相談することが無難であるように思われます。
公証人は、法律の専門家です。そもそも裁判官や検察官などの重責を務め、様々な事例を見聞しており、経験豊富です。秘密も厳守します。
そうした公証人に助言を受けながら遺言書を作成していけば、複雑な内容の遺言であっても、法律的に見て問題のない遺言を作成できます。方式不備で遺言が無効になることもありません。
相続人に負担をかけることのない、しっかりとした遺言書を作成できることでしょう。
また、公正証書遺言は、その信頼度の高さゆえ、家庭裁判所での検認手続きが不要です。
相続開始後、すぐに遺言の内容を実現できるという点でも、相続人の負担は少なくなります。
公正証書遺言の作成には、証人2人以上が必要
公正証書遺言には、証人2人以上が立ち会うことになっています。
なぜ証人が必要なのでしょうか?
証人は、遺言者が遺言者本人であることや、遺言者に遺言能力があることを証明するために立ち会います。また、公正証書遺言が適正に作成されたことを見届ける意味もあります。
この点、民法では、証人について、次のとおり定めています。
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
出典:民法 第974条
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
証人というものの性質や役割を考えれば、未成年者が証人になれないのは妥当なところです。
ここで重要なのは、推定相続人などの遺言者の関係者や、公証人の関係者は、証人になれないということです。
これらの人は、当事者の身内であり、いわば利害関係者です。
利害関係者が証人になった場合、証人の中立性が保てず、適正な公正証書遺言が作成できないということです。
証人の資格がない人が証人になった公正証書遺言は、無効です。
遺言者は、民法第974条に該当しない人物を、最低2人、証人として準備する必要があります。
友人や知人の中に、証人を頼めそうな人がいれば、そうした人でもいいでしょう。
ただし、口が軽い人では、秘密を守れないかもしれません。
実務上では、遺言作成を支援している弁護士、税理士、司法書士、行政書士などの実務家が証人になることがあります。
これらの有資格者は、それぞれの資格の根拠法で、守秘義務が定められています。
作成後の手続き
公正証書遺言は、通常、原本、正本、謄本を、各1部、作成します。
原本は公証役場で保管し、正本と謄本は遺言者に交付します。
上記のとおり、公正証書遺言は、秘密厳守の上で作成されるので、遺言者が正本や謄本を厳重に保管して秘密にしていれば、公正証書遺言の存在は秘密のままになります。
そのまま遺言者が他界してしまって、相続人などが正本や謄本を発見できなかった場合、その公正証書遺言はどうなるのでしょうか?
相続人は、遺言書が作成されたことを知らなくとも、公正証書遺言が公証役場に保管されているかを確認し、遺言書の謄本を取得できます。
メモ:遺言書検索システム
遺言書検索システムは、日本公証人連合会が管理する公正証書遺言の検索システムです。
平成元年以降に作成された公正証書遺言であれば、このシステムに登録されています。
遺言書検索システムは、公正証書遺言を作成した公証役場名、公証人名、遺言者名、作成年月日などを、全国規模のコンピューターで管理しています。
どこの公証役場からでも、全国の公証役場に保管されている遺言書を、調べることができます。
遺言書検索システムによる調査は、秘密保持のため、相続人などの利害関係人のみが、公証役場の公証人を通じて依頼できます。
依頼時には、遺言者の死亡事実が確認できる戸籍謄本、その遺言者との利害関係を証明できる記載のある戸籍謄本、自身の身分証明書(運転免許証など、顔写真入りで、公的機関の発行したもの)を持参します。
なお、遺言書検索システムでは、①遺言書の存在と、②保管している公証役場、を調べることができます。遺言書の内容を調べることはできません。
遺言書の内容を調べるには、保管している公証役場へ行き、公正証書遺言の謄本を請求することになります。
公正証書遺言には公証人の手数料がかかる
公正証書遺言は、公証人に手数料を支払う必要があります。
公証人の手数料は、公証人手数料令に定めがあり、下表のとおりです。
(公証人手数料令第9条別表)
相続財産の価額 | 公証人の手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5,000円 |
100万円を超え200万円以下 | 7,000円 |
200万円を超え500万円以下 | 11,000円 |
500万円を超え1,000万円以下 | 17,000円 |
1,000万円を超え3,000万円以下 | 23,000円 |
3,000万円を超え5,000万円以下 | 29,000円 |
5,000万円を超え1億円以下 | 43,000円 |
1億円を超え3億円以下 | 43,000円に超過額5,000万円までごとに13,000円を加算した額 |
3億円を超え10億円以下 | 95,000円に超過額5,000万円までごとに11,000円を加算した額 |
10億円を超える場合 | 249,000円に超過額5,000万円までごとに8,000円を加算した額 |
計算にあたっては、財産の相続または遺贈を受ける人ごとに、その財産の価額を算出し、これを上表にあてはめて、その価額に対応する手数料額を求めます。
これらの手数料額を合算して、手数料を算出します。
また、全体の財産が1億円以下のときは、上記によって算出された手数料額に、11,000円が加算されます。(これを遺言加算といいます)
さらに、遺言書は、通常、原本、正本、謄本を各1部作成します。
原本については、原則として4枚(横書の証書は3枚)を超えるときは、超える1枚ごとに250円の手数料が加算されます。
また、正本と謄本の交付にも、1枚につき250円の割合の手数料が必要となります。
遺言者が障害や病気などで公証役場に行くことができず、公証人が、自宅や病院に出向く場合、、手数料が50%加算されます。
また、公証人の日当と、現地までの交通費がかかります。
公正証書遺言のまとめ
以上のとおり、公正証書遺言は、自筆証書遺言と比較すると、公証人という専門家による助言やチェックなどが期待できるので、中立公正で、法律的に見て問題のない遺言を作成できます。
また、遺言書が公証役場で保管されるので、紛失や変造などの危険がありません。
他方、公証人に正しく遺言書を作成してもらえる程度には、前もって遺言の文案を考えておく必要があります。
また、最低2人の証人を確保することや、公証人へ手数料を支払うことなど、手間や費用がかかります。
遺言の文案の作成や、公証役場との連絡調整、証人の確保などについては、弁護士、税理士、司法書士、行政書士などの実務家を活用することも可能です。
補足:公正証書遺言の作成に向いている人
社会における高齢化やバリアフリーの進展に伴い、遺言の実務も変わってきています。
そうした流れの中で、公正証書による遺言が向いているケースがあります。
自筆できない人に向いている遺言形式といえる
公正証書遺言は、公証人が作成するので、自筆できない人の遺言に向いています。
遺言者が、障害や疾病などで、自書が困難となった場合、自筆証書遺言をすることはできませんが、公証人に依頼すれば、このような場合でも、公正証書遺言をすることができます。
遺言者が、障害や疾病などで、公証役場に出向くことが困難な場合には、公証人が、遺言者の自宅や病院等へ出張して、公正証書遺言を作成することもできます。
公正役場との調整や、証人の確保等、公正証書遺言の特徴に不安を覚える場合には、専門家の支援を得ることを推奨いたします。
口がきけない人や、耳が聞こえない人は、通訳人を活用できる
口がきけない人や、耳が聞こえない人も、通訳人を使って、公正証書遺言を作成できます。
民法第969条の2では次のとおり定めています。
民法
(公正証書遺言の方式の特則)
第九百六十九条の二 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第二号の口授に代えなければならない。この場合における同条第三号の規定の適用については、同号中「口述」とあるのは、「通訳人の通訳による申述又は自書」とする。
2 前条の遺言者又は証人が耳が聞こえない者である場合には、公証人は、同条第三号に規定する筆記した内容を通訳人の通訳により遺言者又は証人に伝えて、同号の読み聞かせに代えることができる。
3 公証人は、前二項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に付記しなければならない。